漫才コンビ、オードリーの若林正恭さん著書、『ナナメの夕暮れ』を読みました。
この本は、若林さん自身が「生きづらさ」とどう向き合ってきたかがわかる本です。
それと同時に、私が今まで悶々としていた感情の整理をすることができました。
もし、自分でもよくわからない「生きづらさ」を感じながら日々を過ごしている方がいたら、ぜひ読んでもらいたい1冊です。
著者のオードリーの若林さんは、過去にも3冊本を出版されていて、『ナナメの夕暮れ』は4冊目です。
若林さんは人見知り芸人として知られていますよね。
『ナナメの夕暮れ』は人見知りの私が読んで共感できることが多かったので、人見知りの人におすすめです。
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『ナナメの夕暮れ』感想・レビュー
学んだことや共感した部分を、引用をまじえつつ紹介します。
自分の生き方を肯定する言葉をカツアゲ
ただ「俺はこういう生き方なんだよね」という話は聞けるが、「こういう生き方をしなくてはダメ」だと押し付けられるのが苦手だ。
(略)
「なぜそういう生き方をした方がいいのですか?」と聞くと、「お前のためを思って」と言う。そういう人は「~のためを思って」という大義を隠れ蓑にして、自分より立場の弱い者から自分の生き方を肯定する言葉をカツアゲしようとする。
こういった、自分の生き方を押し付けてくるような人って会社の上司など、年配の人に多いですよね。
彼らは私たちにアドバイスをしているというより、自分の生き方を肯定する言葉が欲しいんですね。
この部分を見て、合点がいきました。
そういうアドバイスをする人は、誰かに肯定されたい、そして自信がないということの表れなのかもしれません。
私は人から影響を受けやすいので、こうした方がいいという話を結構真に受けてしまっていました。
人からのアドバイスはそのまま捉えるのではなく、自分の頭で考えることが大事ですね。
また、自分が年を取った時に気を付けたいと思います。
他者の気持ちばかりを探してしまう心はどこで生まれるか
他者の気持ちばかりを探してしまう心はどこで生まれるのだろう。持って生まれた性格。それもあるだろう。ただ、これを知ったところでどうにもならない。スヌーピーの言葉を借りるならば「配られたカードで勝負するしかない」。
では、後天的な理由は何だろう?
親。親の顔色ばかりをうかがって子ども時代を過ごした人は、大人になってからも他者の顔色をうかがう癖がつく。
この部分を読み、親の視点から、気を付けようと思いました。
あまり過干渉に子どもに接していまったり、期待を持ち過ぎると子どもの重荷になってしまいますよね。
見ていないようで、きちんと見ている、本当に困っている時に助けられる親になりたいと思います。
自分の内側に公式を作る方法論
今まで学校の勉強では先生が黒板で書いたことをノートに写し、先生の教えてくれたことや考え方をテストでそのままなぞっていた(そんなにちゃんと勉強してこなかったけど)。そして、部活では上手な先輩の投げ方や蹴り方を真似て練習するように言われた。公式を外側から教えてもらって、それを身につける方法論は知っていた。だけど、公式そのものを自分の内側で作り上げてものを作る方法は誰にも教わったことがなかった。
(略)
この国で非実力者が出る杭になろうとすると、風当たりが強いのは幼稚園の時からの決まりだ(外国のことは知らないけど)。そして、出る杭として成功済みの実力者に対する態度はいつも甘い。その方法論にすぐに倣おうとする(全世界でそうなのかもしれないけど)。そんなビジネス書や自己啓発本が、本屋にはここ数年ずっと平積みになっている。たまたまその人にその方法論が合っていただけかもしれないのに。公式は内側で練り上げるものなのに。
自分の内側に公式を作る方法論をぼくは教育で学ばなかった。
高校までは、ほとんどレールの上を歩いていればそれなりに順調に進みますよね。
この本の言葉を借りれば、公式を外側から教えてもらって、それを身につければよかったということです。
私自身、それは結構得意な方でした。
しかし大学に入り、いざ自分の内側に公式を作る時、私は完全に失敗しました。
無意味な4年間を過ごしてしまい、アラサーの今でも後悔しています。
大学生は人生の夏休みとか言われますが、自分の内側に公式を作るための重要な時間だったと今は思います。
社会に出ると、自分の内側に公式を作れた人が成功しているように思います。
“好きなことがある”ということは、それだけで朝起きる理由になる
”“好きなことがある”ということは、それだけで朝起きる理由になる。
“好き”という感情は“肯定”だ。
つまり、好きなことがあるということは“世界を肯定している”ことになる。
そして、それは“世界が好き”ということにもなるという三段論法が成立する。
だから逆に、なんでも否定ばかりしている人は“世界を否定”していることになるから、生きているのが辛いのだ。
それは、“世界が嫌い”ということになるから。
(略)
自分の生き辛さの原因のほとんどが、他人の否定的な視線への恐怖だった。
その視線を殺すには、まず自分が“他人への否定的な目線”をやめるしかない。
(略)
否定してくる人がいない世界なら、朝気持ちよく起きることも全然可能なのだ。
私は他人の否定的な視線への恐怖を感じやすいと思っています。
人見知りの人はわかってもらえると思いますが、初対面の人に対して否定的に見てしまうことがあります。
それが自分に返ってきているということなんですね。
私がなぜ否定的に見てしまうのか、その原因を考えたけれどよくわかりませんでした。
周りから否定される環境で育ったことはありません。
むしろよく褒められていたのではないかと思います。
どちらにせよ、他人を肯定的に見ることで、生きやすくしていこうと思います。
まとめ:読むとスッキリする本です
この記事では、『ナナメの夕暮れ』を読んで共感した部分を引用し、私の感想を付け加えました。
『ナナメの夕暮れ』を読むと、抽象的な表現ではありますが、スッキリします。
また、同じようなことを考えている人もいるのだと安心することができます。
この本は、人見知りで困っている人にぜひ読んでもらいたい1冊です。
オードリーのオールナイトニッポンを毎週聴いている、“リトルトゥース”の私がレビューを書きました。
以上です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『ナナメの夕暮れ』が気になった方は、ぜひ読んでみてください。
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